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【徹底比較】くるみ割り人形「花のワルツ」主要4版の違いを解説!

2025.07.29
【徹底比較】くるみ割り人形「花のワルツ」主要4版の違いを解説!

多くのバレエファンを魅了する「くるみ割り人形」の「花のワルツ」。その主役である花の精が踊るバリエーションですが、実は振付や解釈に様々な違いがあることをご存知でしたか?

この記事では、あまり語られることのない「花のワルツ」のバリエーションの奥深い世界を徹底解説。踊り手による表現の違いや、観る人を惹きつけるテクニックの秘訣まで、専門的な視点からご紹介します。あなたのバレエへの理解が、さらに深まるはずです。

1. くるみ割り人形のハイライト!「花のワルツ」の知られざる魅力

冬の風物詩、そしてクリスマスの代名詞とも言えるバレエ『くるみ割り人形』。チャイコフスキーが作曲した心躍る音楽と、夢と魔法に満ちた物語は、世界中の人々を魅了し続けていますよね。数ある名場面の中でも、第2幕で繰り広げられる「花のワルツ」は、ひときわ華やかで、誰もが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。優雅で壮大なメロディが流れ始めると、まるで魔法にかけられたように、一瞬で幸福感に包まれる…。そんな特別な力を持つのが、この「花のワルツ」です。

この『くるみ割り人形』という作品、そして「花のワルツ」がこれほどまでに愛される理由の一つに、その音楽の持つ普遍的な美しさがあります。ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーが1892年に完成させたこのバレエ音楽は、彼の三大バレエ(『白鳥の湖』『眠れる森の美女』そして『くるみ割り人形』)の最後を飾る傑作です。特に「花のワルツ」は、演奏会などで単独で演奏される機会も非常に多く、クラシック音楽に詳しくない方でも自然とメロディを口ずさめるほど親しまれています。冒頭のハープによる幻想的なカデンツァ(独奏)に導かれ、ホルンが優美な主題を奏でると、弦楽器が豊かに応え、オーケストラ全体が壮麗なワルツを紡ぎ出していく…。この音楽的構成の完璧さが、聴く者の心を掴んで離さないのです。

しかし、です。この誰もが知る「花のワルツ」が、実はバレエ団や振付家によって全く異なる表情を見せる、という事実はご存知でしたか?「え、『くるみ割り人形』の『花のワルツ』って、どれも同じじゃないの?」と思われたかもしれません。それが、全然違うんです!まるで同じ食材を使っても、シェフによって全く違う料理が生まれるように、「花のワルツ」も振付という名のレシピによって、その味わいが大きく変わってきます。

振付家は、チャイコフスキーの音楽をどう解釈し、物語の中で「花のワルツ」をどう位置づけるかによって、ダンサーたちの動きや構成、さらには踊る主役までをも変えてしまうのです。あるバージョンでは古典的な様式美の極致を、またあるバージョンでは情熱的でダイナミックな感情の爆発を描きます。また、観客を物語の世界へいざなうための革新的な演出が施されたものや、現代的な感性でスタイリッシュに再構築されたものまで、そのバリエーションは実に豊かです。

今回は、そんな奥深い『くるみ割り人形』の「花のワルツ」の世界を、あなたと一緒に探求していきたいと思います。数あるバージョンの中から、特に個性的で必見の4つの振付をピックアップし、それぞれの違いを徹底的に、そしてマニアックな視点も交えながら深掘りしていきます。この記事を読み終える頃には、あなたはきっと、ごく普通のバレエファンから一歩進んだ「花のワルツ」通になっているはず。次に『くるみ割り人形』を観る機会があれば、その楽しさが何倍にも膨らむこと間違いなしですよ!それでは早速、魅惑の「花のワルツ」巡りの旅に出発しましょう!

2. 【王道の優雅さ】マリインスキー・バレエのくるみ割り人形「花のワルツ」(ワイノーネン版)

まず最初にご紹介するのは、世界で最も有名で、多くのバレエ団の規範となっていると言っても過言ではない、ワシリー・ワイノーネン版の「花のワルツ」です。このバージョンは、まさに「THE・クラシックバレエ」と呼びたくなるような、気品と様式美に満ち溢れています。もしあなたが「花のワルツ」と聞いて思い浮かべるイメージがあるとしたら、それはおそらくこのワイノーネン版の影響を強く受けていることでしょう。初演は1934年、ロシアのサンクトペテルブルクにあるマリインスキー劇場(当時はキーロフ劇場)で、バレエの歴史そのものを体現するような由緒ある振付です。

これぞ様式美の極致!コール・ド・バレエが描く花の園

ワイノーネン版「花のワルツ」の最大の見どころは、何と言ってもコール・ド・バレエ(群舞)が織りなす圧倒的な美しさです。舞台上に現れるのは、ピンクや白のグラデーションが美しいチュチュをまとった大勢の女性ダンサーたち。彼女たちはまるで、お菓子の国に咲き誇る花々そのものです。

チャイコフスキーの音楽が始まると、彼女たちは一糸乱れぬ動きで、次々と幾何学的なフォーメーションを描き出します。完璧な円形、シャープなV字、舞台を横切る美しい対角線…。そのどれもが計算され尽くしており、まるで万華鏡を覗き込んでいるかのようなシンメトリーの美に、思わずため息が漏れてしまいます。ダンサー一人ひとりの腕の角度、首の傾け方、つま先の向きまでが完璧に揃えられており、これぞマリインスキー・バレエが誇る伝統と厳しい訓練の賜物。個々のダンサーが「私を見て!」と主張するのではなく、全体として一つの調和した「花の園」という絵画を創り上げることに徹しているのです。

特に圧巻なのは、ワルツの音楽がクライマックスに向かって盛り上がっていく部分。ダンサーたちが作る二つの大きな円が、舞台の中央で交差し、まるで巨大な花が開いては閉じてを繰り返すかのようなスペクタクルを現出させます。このワイノーネン版『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、個人の感情表現よりも、バレエという芸術が持つ構築的な美しさ、様式美を最大限に味わうための振付と言えるでしょう。

祝祭のクライマックスへと誘う巧みな構成

ワイノーネン版の『くるみ割り人形』における「花のワルツ」は、物語上、お菓子の国に到着した金平糖の精の歓迎の舞踏会という位置づけです。そのため、振付全体が祝祭的で明るい雰囲気に満ちています。このワルツは、それ自体が完結した見せ場でありながら、次に来るクライマックス、つまり金平糖の精とコクリューシュ王子(多くの版では王子)によるグラン・パ・ド・ドゥへの華麗なる序章としての役割も担っています。

このバージョンでは、主役である金平糖の精と王子は、「花のワルツ」が始まってもすぐには登場しません。コール・ド・バレエが存分に花の舞を披露し、祝祭のムードが最高潮に達したその時、満を持して舞台奥から二人が姿を現します。この登場シーンの演出がまた、見事なのです。コール・ド・バレエが作る花道の間を、主役の二人が威厳と優雅さをもって進み出てくる様は、まさに王と女王の登場シーン。観客の期待感を極限まで高め、「いよいよ真打ち登場!」という高揚感をもたらします。

そして、「花のワルツ」の壮大な音楽が終わりを迎えると、そのまま間髪入れずに、バレエで最も技巧的で見応えのあるグラン・パ・ド・ドゥが始まるのです。この流れの巧みさこそ、ワイノーネン版が長年にわたって愛され、上演され続ける理由の一つでしょう。あくまで主役は金平糖の精と王子であり、「花のワルツ」はその二人が踊るための最高の舞台を整える、豪華絢爛な歓迎のセレモニーなのです。

ワイノーネン版「花のワルツ」の楽しみ方

このワイノーネン版の「花のワルツ」を鑑賞する際は、ぜひオペラグラスを用意して、コール・ド・バレエの細部にまで注目してみてください。全体のフォーメーションの美しさはもちろん、ダンサー一人ひとりの完璧にコントロールされた身体、表情、そして彼女たちが一体となって生み出す空気感を味わうのが醍醐味です。

また、マリインスキー・バレエの映像作品などで、往年の名プリマ、例えばアルティナイ・アスィルムラートワや、近年のディアナ・ヴィシニョーワ、ヴィクトリア・テリョーシキナといったダンサーたちが踊る金平糖の精が、この「花のワルツ」の最後にどのように登場するのかを見比べるのも面白いでしょう。同じ振付であっても、ダンサーの個性によってその場の空気はがらりと変わります。

この『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、クラシックバレエの伝統と様式美を愛する方にとっては、まさに至福のひとときとなるはずです。何度観ても飽きることのない、完成された美の世界を存分にお楽しみください。

3. 【力強さと迫力】ボリショイ・バレエのくるみ割り人形「花のワルツ」(グリゴローヴィチ版)

次にご紹介するのは、先ほどのワイノーネン版とは全く対極にあると言ってもいい、ダイナミックで力強い振付が特徴のユーリー・グリゴローヴィチ版「花のワルツ」です。このバージョンは、モスクワのボリショイ・バレエの代名詞ともなっており、そのエネルギッシュな魅力で世界中の観客を熱狂させてきました。1966年にボリショイ劇場で初演されたこの『くるみ割り人形』は、伝統的なおとぎ話の世界に、より人間的なドラマと心理描写を持ち込んだ革命的な作品でした。

主役が踊る!マーシャの夢のクライマックス

グリゴローヴィチ版『くるみ割り人形』の最も大きな特徴は、「花のワルツ」を踊るのが、金平糖の精と王子ではない、という点です。このバージョンでは、主人公である少女マーシャ(クララという名前の場合もあります)と、彼女が夢の中で王子へと姿を変えたくるみ割り人形自身が、コール・ド・バレエの中心で高らかにワルツを踊るのです。

これは物語の解釈における、非常に大きな変革でした。ワイノーネン版では、マーシャはお菓子の国の歓迎を受ける「お客様」であり、「花のワルツ」は彼女のために披露されるものでした。しかしグリゴローヴィチ版では、「花のワルツ」はマーシャの夢の頂点であり、彼女自身の内面で巻き起こる喜びと恋心の高まりを、自らの踊りによって表現する場面へと昇華されています。お菓子の国の住人たちが踊るのではなく、マーシャと王子が、彼らを祝福する花々に囲まれて踊る。これにより、「花のワルツ」は単なるディヴェルティスマン(余興)ではなく、物語の根幹をなすドラマティックなクライマックスとしての意味合いを強く持つことになりました。

観客は、愛らしい少女だったマーシャが、夢の世界での冒険を経て、一人の女性として愛に目覚めていく成長の物語を目の当たりにします。その感動が最高潮に達するこの「花のワルツ」は、観る者の心を強く揺さぶるのです。

ボリショイの真骨頂!エネルギッシュな群舞

主役がマーシャと王子であることに加え、コール・ド・バレエの振付もまた、ワイノーネン版とは全く異なります。優雅で静的な美しさを追求するマリインスキーに対し、ボリショイ・バレエのグリゴローヴィチ版は、まさに「動」の美学。コール・ド・バレエは24組、実に48人ものダンサーで構成され、舞台を所狭しと駆け巡ります。

男女ペアが織りなす躍動感

グリゴローヴィチ版のコール・ド・バレエは、女性ダンサーだけでなく、同数の男性ダンサーがペアを組んで踊るのが特徴です。これにより、振付の幅が格段に広がりました。女性ダンサーをダイナミックに持ち上げるリフトが次々と繰り出され、舞台全体に立体感と躍動感が生まれます。特に、男性ダンサーたちが片膝をつき、その上に女性ダンサーがポーズを取る象徴的な場面は、まるで花々が次々と開花していくような華やかさです。

男性ダンサーの見せ場の連続

そして、ボリショイ・バレエといえば、やはりパワフルな男性ダンサーたち。グリゴローヴィチは、この「花のワルツ」においても、男性ダンサーの身体能力を最大限に引き出す振付をふんだんに盛り込みました。高く、そして滞空時間の長い跳躍(グラン・ジュテ)、シャープでスピーディーな回転技(ピルエット・ア・ラ・スゴンドなど)が連続し、その圧倒的な迫力と運動量に観客は固唾を呑みます。これはもはや「優雅なワルツ」という言葉だけでは表現しきれない、一種のスポーツのような興奮さえ感じさせるものです。チャイコフスキーの壮大な音楽と、ダンサーたちの肉体が放つエネルギーが見事に融合し、劇場全体を熱気で満たしていくのです。

心理描写としての「花のワルツ」

グリゴローヴィチ版の「花のワルツ」は、マーシャの心理的な成長を描くための重要な装置です。夢の中で、ネズミの王との戦いを乗り越え、雪の国を通り抜け、ついにたどり着いた場所。そこで待っていたのは、自分を祝福してくれるかのように舞う花々(ここでは男女のペア)と、愛する王子でした。

マーシャと王子が踊るパ・ド・ドゥ(二人での踊り)は、初々しくも情熱的。特に、王子がマーシャを高くリフトする場面は、彼女が日常の重力から解放され、夢と愛の世界へ飛翔していく様を象徴しているかのようです。この『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、ただ美しいだけでなく、一人の少女の心の旅路の終着点として、深い感動を与えてくれます。この解釈は、後の多くの振付家にも影響を与え、『くるみ割り人形』という作品の可能性を大きく広げたと言えるでしょう。初めてこのバージョンをご覧になる方は、そのエネルギッシュな展開に「これが本当にあの『花のワルツ』?」と驚かれるかもしれませんが、それこそがグリゴローヴィチ版の最大の魅力なのです。

4. 【物語る踊り】英国ロイヤル・バレエのくるみ割り人形「花のワルツ」(ピーター・ライト版)

次にご紹介するのは、演劇の国イギリスならではの、物語性を深く追求したピーター・ライト版の「花のワルツ」です。英国ロイヤル・バレエのレパートリーとして、1984年の初演以来、絶大な人気を誇るこのバージョンは、古典的な品格と温かいドラマ性を巧みに両立させています。ワイノーネン版の様式美、グリゴローヴィチ版のダイナミズムとも異なる、また新たな「花のワルツ」の魅力に出会えることでしょう。

クララが一緒に踊る!観客との一体感を生む演出

ピーター・ライト版『くるみ割り人形』の「花のワルツ」における最大にして最も独創的な特徴は、主人公の少女クララ(この版ではマーシャではなくクララです)が、ただ歓迎を受けるだけでなく、コール・ド・バレエの一員として、自分も一緒にワルツを踊る点にあります。

これは、物語への没入感を飛躍的に高める、実に素晴らしい演出です。考えてみてください。もしあなたが夢の世界に迷い込み、目の前で美しい花々が自分ために踊ってくれたとしたら…。「わぁ、素敵!」とただ眺めているでしょうか?きっと、その輪の中に入って一緒に踊ってみたい!と思うのではないでしょうか。ピーター・ライトは、そんなクララの(そして観客自身の)素直な気持ちを、振付として形にしたのです。

舞台では、花の精たちのコール・ド・バレエが優雅に踊る中、クララはくるみ割り王子に手を取られ、その輪の中へと導かれます。最初は少し戸惑いながらも、周りのダンサーたちの動きを見様見真似で踊り始めるクララ。彼女が踊るステップは、プロのダンサーたちが踊るような複雑なものではありません。しかし、その一つ一つの動きから、夢の世界にいることへの純粋な喜びやときめきが、痛いほど伝わってきます。観客は、このクララの姿に自らを重ね合わせ、まるで自分が舞台上で一緒に「花のワルツ」を踊っているかのような、幸福な一体感を味わうことができるのです。

ローズフェアリーの存在と古典的なエレガンス

クララが一緒に踊るという革新的なアイデアを取り入れつつも、ピーター・ライト版の振付の根底にあるのは、英国バレエスタイル特有の、抑制の効いたエレガンスと古典的な美しさです。グリゴローヴィチ版のような激しい跳躍や回転で圧倒するのではなく、上半身のしなやかな使い方(エポールマン)や、正確で洗練された足さばき(パ・ド・ブーレ)など、細やかな表現が光ります。

このバージョンの「花のワルツ」には、コール・ド・バレエを率いるソリストとして、「ローズフェアリー(薔薇の精)」が登場します。彼女は、ワイノーネン版における花の女王のような存在ですが、より温かく、まるでクララを優しく見守るお姉さんのような雰囲気をまとっています。ローズフェアリーが踊るソロパートは、この上なく優美で、チャイコフスキーの音楽の旋律を、まるで歌うかのように身体で表現します。

コール・ド・バレエの衣装や舞台美術も、この温かい世界観を創り上げる上で重要な役割を果たしています。デザイナー、ジュリア・トレヴェリヤン・オーマンによる美術は、19世紀の版画のようなノスタルジックな雰囲気。ダンサーたちがまとうローズピンクの衣装は、甘すぎず、上品な華やかさで舞台を満たします。この視覚的な美しさも、ピーター・ライト版『くるみ割り人形』の「花のワルツ」が、長年にわたり愛され続ける理由の一つです。

踊りを通して描かれる登場人物の心情

ピーター・ライトは、踊りを通して登場人物の心情を丁寧に描き出すことを非常に得意とする振付家です。彼の「花のワルツ」は、単に美しい踊りの連続なのではなく、登場人物たちの心の交流を描くドラマの一部となっています。

例えば、クララがコール・ド・バレエの輪に加わるシーン。王子は、クララが決して気後れしないように、優しくエスコートします。周りの花の精たちも、クララを温かく迎え入れ、一緒に踊ることを楽しんでいるように見えます。そこには、ただ形式的に賓客をもてなすのではなく、心からの歓迎の気持ちが溢れているのです。

この『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、壮大なスペクタクルや情熱的なクライマックスとは一味違った、心温まる感動を私たちに与えてくれます。物語の登場人物たちと同じ目線で、夢の世界の喜びを分かち合う。そんな特別な体験ができるのが、ピーター・ライト版の最大の魅力と言えるでしょう。家族みんなで鑑賞するのにもぴったりの、優しさに満ちた「花のワルツ」です。

5. 【モダンで独創的】新国立劇場バレエ団のくるみ割り人形「花のワルツ」(イーグリング版)

最後にご紹介するのは、日本のバレエファンにはお馴染み、新国立劇場バレエ団のレパートリーであるウエイン・イーグリング版の「花のワルツ」です。2017年に初演されたこのプロダクションは、今回ご紹介する4つの中では最も新しく、伝統的な『くるみ割り人形』の世界観を尊重しながらも、随所にモダンで独創的な感性が光る、非常にスタイリッシュな振付となっています。

予測不能な美しさ!万華鏡のようなフォーメーション

イーグリング版「花のワルツ」を初めて観た人がまず驚くのは、そのコール・ド・バレエが作り出すフォーメーションの斬新さでしょう。ワイノーネン版が完璧なシンメトリー(左右対称)の美を追求したのに対し、イーグリング版は、あえてそのシンメトリーを崩すアシンメトリー(非対称)の構成を巧みに取り入れています。

舞台の右側と左側で、ダンサーたちが全く異なる動きを見せたり、一見するとランダムに見える配置から、一瞬にして秩序だった美しい形へと変化したり…。その展開はスピーディーで予測不能。まるで、万華鏡を覗きながら、くるくると回している時のような、次々と移り変わる色彩と形の饗宴に、観客は完全に引き込まれてしまいます。

クラシックバレエのステップやポーズといった伝統的な語彙を用いながらも、その組み合わせ方や空間の使い方が非常にコンテンポラリー(現代的)なのです。例えば、ダンサーたちが斜めに一列に並び、波が打ち寄せるように時間差で同じ動きを繰り返す(カノン)といった手法も効果的に使われ、音楽のうねりを見事に視覚化しています。このイーグリング版『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、古典の枠組みの中にありながらも、21世紀の観客の感性に訴えかける、洗練された魅力に満ちています。

スピーディーでスタイリッシュな振付

イーグリング版の振付は、全体的に非常にスピーディーで音楽的です。チャイコフスキーの「花のワルツ」の持つ高揚感を、シャープで切れ味の良いステップの連続で表現していきます。ダンサーたちには、高度な技術と鋭いリズム感が要求されますが、新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、それに見事に応え、驚くほど軽やかでスタイリッシュな舞台を創り上げています。

このバージョンでは、ワイノーネン版と同様に、金平糖の女王(この版では女王と訳されることが多いです)と王子が主役として最後に登場します。しかし、そこに至るまでのコール・ド・バレエの踊りは、祝祭的な華やかさに加え、どこかクールで都会的な雰囲気をまとっています。甘くロマンティックなだけではない、知性と遊び心を感じさせる振付は、従来の『くるみ割り人形』のイメージを少しアップデートしてくれるような新鮮さがあります。

また、舞台装置や衣装のデザインも、このモダンな世界観に大きく貢献しています。パステルカラーを基調としながらも、洗練された色使いやデザインの衣装は、ダンサーたちのシャープな動きをより一層引き立てます。このトータルでの美意識の高さが、イーグリング版「花のワルツ」の大きな魅力です。

日本のバレエ団が持つオリジナル版の意義

ウエイン・イーグリング版『くるみ割り人形』は、新国立劇場バレエ団のために作られた、世界に一つしかないオリジナルプロダクションです。これは、日本のバレエ界にとって非常に意義深いことと言えます。海外の有名な振付を招聘して上演するだけでなく、自らのバレエ団の特色やダンサーの資質に合わせて、世界的な振付家が新しい作品を創造する。これにより、バレエ団は独自の財産を持つことができ、ダンサーたちもクリエイティブな過程に参加することで大きく成長します。

私たち観客にとっても、自分たちの国のバレエ団が、世界に誇れる独自の『くるみ割り人形』、独自の「花のワルツ」を持っているというのは、大きな喜びであり、誇りでもありますよね。伝統を重んじながらも、常に新しい挑戦を続ける新国立劇場バレエ団の姿勢が、このイーグリング版「花のワルツ」にはっきりと表れています。

もし、あなたがまだこのバージョンをご覧になったことがなければ、ぜひ劇場に足を運んでみてください。あるいは、配信などで映像をチェックするのも良いでしょう。クラシックバレエの華やかさと、現代的なセンスが見事に融合した、新しい時代の「花のワルツ」の息吹を、きっと感じることができるはずです。これまでの『くるみ割り人形』のイメージが、良い意味で裏切られる、刺激的な体験が待っていますよ。

6. 【比較表&鑑賞レポ】あなたのお好みは?くるみ割り人形「花のワルツ」を徹底比較!

ここまで、4つの非常に個性的で魅力的な『くるみ割り人形』の「花のワルツ」をご紹介してきましたが、いかがでしたか?「花のワルツ」と一言で言っても、振付家やバレエ団の解釈によって、これほどまでに多様な世界が広がっていることに、驚かれたのではないでしょうか。

それぞれの特徴がより分かりやすくなるように、ここで一度、簡単な比較表にまとめてみましょう!

バージョン 振付家 主なバレエ団 雰囲気 主役 独自性
ワイノーネン版 ワシリー・ワイノーネン マリインスキー・バレエ等 優雅・古典的・祝祭的 金平糖の精&王子 様式美あふれる絢爛豪華な群舞
グリゴローヴィチ版 ユーリー・グリゴローヴィチ ボリショイ・バレエ 力強い・ダイナミック 成長したマーシャ&王子 主役自身が踊るドラマティックな展開
ピーター・ライト版 ピーター・ライト 英国ロイヤル・バレエ等 物語的・温かい 花の精&クララも参加 主人公クララが一緒に踊り、観客が感情移入できる
イーグリング版 ウエイン・イーグリング 新国立劇場バレエ団 モダン・独創的 金平糖の精&王子 スピーディーで斬新、予測不能な構成

この表を見るだけでも、それぞれの「花のワルツ」が持つ個性が際立っているのがお分かりいただけるかと思います。どれが一番優れている、ということではありません。それぞれに素晴らしい魅力があり、あなたの好みやその日の気分によって、心に響く「花のワルツ」は変わってくるはずです。

ちなみに、私の個人的な体験談をお話しさせていただきますね。私がまだバレエを観始めたばかりの頃、最初に観たのはワイノーネン版の『くるみ割り人形』でした。その完璧な美しさに「なんてエレガントなんだろう!」と深く感動し、私の中で「花のワルツ」のイメージが完全に固まりました。

ところがその数年後、初めてボリショイ・バレエによるグリゴローヴィチ版の『くるみ割り人形』を映像で観る機会があったのです。その時の衝撃は、今でも忘れられません。「花のワルツ」が始まった途端、聴き慣れた優雅なメロディとは裏腹に、舞台上では男女のペアがエネルギッシュに踊り、男性ダンサーが次々と高くジャンプするのです!「え、え、これがあの『花のワルツ』なの!?こんなに激しい踊りだったの!?」と、文字通り度肝を抜かれました。最初はあまりの違いに戸惑いましたが、マーシャの恋心と喜びが爆発するかのようなドラマティックな展開に、最後には鳥肌が立つほど感動してしまいました。

一方で、心が疲れている時や、ただただ美しいものに浸りたいな、と思う時には、やはりマリインスキー・バレエのワイノーネン版の映像を観たくなります。一糸乱れぬコール・ド・バレエが描く幾何学模様をぼーっと眺めていると、心が洗われるような気持ちになるんです。まさに、究極の様式美。これはこれで、何度観ても飽きることがない、完成された魅力があります。

このように、様々なバージョンの「花のワルツ」を知ることで、『くるみ割り人形』という作品の楽しみ方は無限に広がっていきます。あなたもぜひ、今回ご紹介した4つのバージョンを、映像などで見比べてみてはいかがでしょうか。YouTubeには各バレエ団の公式チャンネルが抜粋映像をアップしていますし、マリインスキーTVやMedici.tvといった有料の配信サービスを利用すれば、全幕を鑑賞することも可能です。また、各バレエ団から発売されているDVDやBlu-rayを探してみるのも楽しいですよ。

さあ、あなたのお気に入りの『くるみ割り人形』の「花のワルツ」は、どのバージョンになりそうでしょうか?ぜひ、あなただけの「花のワルツ」探しの旅に出かけてみてくださいね!その先には、きっと新しい感動との出会いが待っていますから。

WRITING
西村恭平
西村恭平 Nishimura Kyohei

大学を卒業後、酒類・食品の卸売商社の営業を経て2020年2月に株式会社ブレーンコスモスへ入社。現在は「無添加ナッツ専門店 72」のバイヤー兼マネージャーとして世界中を飛び回っている。趣味は「仕事です!」と即答してしまうほど、常にナッツのことを考えているらしい。